TOHOシネマズ ピックアップ・シネマ Vol.11
『ミセス・ノイズィ』『佐藤さんと佐藤さん』
天野千尋監督にインタビュー!
TOHOシネマズが“いま、気になる映画・映画人”をピックアップする特集「TOHOシネマズ ピックアップ・シネマ」が行われ、天野千尋監督が登壇した。
天野監督は大学卒業後に会社員として勤務した後、映画制作の道に進み、数々の人気作を手がける脚本家・映画監督だ。映画祭での受賞も多く、イベント当日に上映された2020年の長編映画『ミセス・ノイズィ』は、観客から熱い支持を集めてロングランヒットを記録した。そして、11月28日(金)には岸井ゆきの、宮沢氷魚をキャストに迎えた待望の最新作『佐藤さんと佐藤さん』も公開された。
映画、ドラマなど幅広いジャンルで活動を続ける天野監督だが、『ミセス・ノイズィ』と『佐藤さんと佐藤さん』はどちらも監督のオリジナル作品で、題材も出演者も異なるが両作には共通する視点や想いがある。天野監督は創作する上で何を重視しているのか? 新作に込めた想いは? 監督に話を聞いた。
『ミセス・ノイズィ』はキャリアのドアを開けてくれた作品
── 「TOHOシネマズ ピックアップ・シネマ」は、映画会社やメディアではなく、日頃、観客に映画を届けている映画館が発信する特集です。
天野 『ミセス・ノイズィ』はインディーズ作品だったので、小さな規模で公開していくと思っていたのですが、TOHOシネマズの方が観てくださって、TOHOシネマズで上映されることになったんですよ。そのときは本当に驚きましたし、TOHOシネマズで上映されたことで、インディーズ作品を観ない方にも作品を観ていただけた、という想いがあります。映画館は観客に映画を観てもらえる場所ですから、その方々に選んでいただけるのは光栄です。
── 『ミセス・ノイズィ』の劇場公開から5年が経ちました。
天野 子どもを産んで映画の仕事を一時中断したんですけど、そのことで映画の仕事が来なくなってしまって、すごく苦しんでいた時期に『ミセス・ノイズィ』の脚本を書いたんです。だから当時はこの映画が実現するのか、自分が次の映画を撮る機会があるのかどうかも分からずに書いていました。結果的に撮影の機会が得られて、ロングラン上映で多くの人に見ていただけたので、『ミセス・ノイズィ』は自分のキャリアの次のドアを開けてくれた作品ですね。
当時は本当に先が見えない状況だったので、自分が納得できる映画にしたかったですし、観ていただいた方に「この監督の映画をまた観てみたいな」と思ってもらえなかったら、もう映画業界に生きる道はないと、まさに“崖っぷち”の心境でしたね(笑)。
── 結果的に映画はヒットを記録し、多くの声が観客から集まりました。興味深いのは、“隣人の騒音問題”から始まる登場人物ふたりの対立が、やがてそれぞれの抱えている事情や悩みを描くドラマへとのシフトしていくことです。公開時、笑って楽しみながらも本作のドラマを評価していた人が多かった印象です。
天野 最初から「喧嘩を描こう」と思っていたんです。多くの人に作品に興味を持ってもらうために、まずは“喧嘩”というキャッチーな題材に決めたんですけど、ストーリーを作っていく上では、やっぱり自分の中から出てくるものに従って書いていくので、自分がリアルに感じられるもの、自分がリアルに描ける人間ドラマになっていたんだと思います。
── 天野監督の作品はドラマの背後に“社会”の存在が色濃く描かれています。私たちは他人や社会が存在しなければ生きていけません。一方で社会は個人に“こうすべき”や“こういう人間が好ましい”と圧をかけてきたりもします。監督の中ではこのようなことは意識されているでしょうか?
天野 そうですね、すごく大きいと思います。いつも「人間を見つめる作品を描きたい」と思っていますが、その人物を通して、その背景にある社会も描けたらいいなという想いも常にあるんです。
分からないものを分からないまま生きていく、分かろうと努力する
── 新作『佐藤さんと佐藤さん』でも、主人公ふたりが交際し、結婚し、子どもが産まれ……と、関係が変化していく年月を描く一方、それぞれが成長して社会とどう向き合うのか? 周囲からの期待や声にどう対応するのかが描かれます。
天野 もし、あのふたりが誰もいない無人島みたいなところで生きていたら、たぶん、映画で描かれるような展開は起こらなかったと思うんですよね。やっぱり周りにいる、ふたりを取り囲んでいる人々とか、周りの社会がふたりにこういろんなことを言ってきたり、いろんな枠を当てはめたりしようとするから、ふたりも自分の立場を意識しちゃって、お互いの関係が変化し、ズレてくる。そう考えると、やはり社会や周囲の存在なしに描くことはできないと思います。
── こうして伺っていると、「登場人物ふたりの衝突」「それぞれのキャラクターの社会との向き合い」「ふたりの関係性の変化」など、『ミセス・ノイズィ』と『佐藤さんと佐藤さん』は続けて観ると共通するキーワードがあります。そして何よりも感じるのは、監督の“決まった型にはめられたくない”という強い意志です。
天野 人はそれぞれ違うので、型にあてはめようとされると本当に生きづらいんですよね。でもやっぱり生きていると、何かしらの“名札”、それは妻だとか、夫、母、父などをつけられて、型にあてはめられようとする場面は多いですよね。私自身はそういうことが嫌です。けれど同時に、無意識のうちに自分から“女性だから、母だから”みたいな型に合わせようとして苦しんでしまうこともあります。そういうこともやっぱり嫌なんです。
── とは言え、完成した作品は、どれも堅苦しいメッセージやテーマが前面に出ている作品ではなく、キャラクターや俳優が魅力的に描かれているのが天野作品の特徴です。
天野 俳優さんの力が本当に大きいと思っています。脚本を書きながら、それぞれのキャラクターのイメージは持っていますけど、俳優さんに演じてもらって初めて「ああ、このキャラクターはこういう人なんだ」って気づくことがあるんです。『ミセス・ノイズィ』のときは、事前にリハーサルをして、篠原ゆき子さんと、大高洋子さんには脚本に書かれているシーン以外にも即興で喧嘩をするシーンを演じもらって、そこであらためて「このふたりが喧嘩をする映画なら面白くなる」と思いましたし、キャストが決まっていく中で脚本を直したりもしました。
『佐藤さんと佐藤さん』でも撮影前にはリハーサルをして、自分の持っているイメージと俳優さんから出てくる演技をすり合わせて、それぞれがキャラクターを理解する時間をちゃんと作ってから安心して撮影に入ることができました。だからこそ、現場では細かい動きを相談することはありますけど、俳優さんにお任せしたい、という気持ちが強かったです。
私は、劇中で感情をぶつける場面も描きますが、白でも黒でもない、曖昧な感情にすごくリアリティを感じるんです。だから、そんな感情を表現してくれる、感情のグラデーションを描くのがうまい俳優さんと一緒に作品をつくりたくなるんだと思います。
── 『ミセス・ノイズィ』と『佐藤さんと佐藤さん』、どちらも観ていただくことで、より楽しめるし、感じるものが多いと思いました。
天野 やっぱり、「自分とは違う他者と、どうやって折り合いをつけて生きていくのか?」ということだと思います。他人は自分とは違うものだから、相手のことは分からない。でも、分かろうとする努力や粘り強さがないと、本当にすごく狭い世界で生きていくことになってしまうと思うんです。
今は簡潔で分かりやすいものが好まれる時代ですし、分かりやすい映画に人気が集まるのは仕方ないと思います。でも私が描けるのは、やっぱりこういう作品ですし、私自身は世の中の物事ってほとんどは“分からない”と思っているんです。もちろん、パッと調べれば何かしらの答えは出てくるんでしょうけど、それは表面的なものでしかなくて、本当のところはよく分からない。だからこそ、分からないものを分からないまま生きていく、分かろうと努力することは結構大事なんじゃないかと思っています。
だからこれからも「これが答えです。これで分かりました」という映画は作りたくないですし、今後もこの道を続けていきたいと思っています。
取材・文:中谷祐介(ぴあ編集部)
撮影:源賀津己
『ミセス・ノイズィ』
https://lp.p.pia.jp/event/movie/115159/index.html
https://www.video.unext.jp/title/SID0047275/c_txt%3Db
『佐藤さんと佐藤さん』
https://www.sato-sato.com/
https://lp.p.pia.jp/event/movie/407799/index.html
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